2009年03月11日 00:45
そう、炭素のことです。
はい、お待たせしました。
行ってまいりましたよ、Yさん宅へ。
Yさんでピンと来ない方は、こちらをどうぞ。(Yさん伝説:1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11)
早くも黄砂が飛び交う季節となりましたね。
晴れた日には、まさしく暖かい春の陽気。
しかし、大阪のごく一部には、局地的な「春の嵐」が吹き荒れようとしていたのです。
その日、Yさんは、なぜかご機嫌でした。
私は知っています。
こういう時こそ、普段にも増して、気を引き締めなければならないことを。
「先生、先日は、ありがとうございました。」
「えっ、何のことですか?」
「ほら、新鮮なお野菜を頂いたでしょ。」
そう、先日、わが家の畑で採れた野菜をお持ちしたんですね。
父が「持っていけ!」とうるさいもんですから。
「あれ、ほんと美味しかったわあ。」
「そうですか、喜んで頂いて何よりです。」
「ほんと新鮮でしたよ。お父さんにもよろしく言っておいてくださいね。」
「そうですか。親父も喜びます。」
なるほど、それでご機嫌がよかったんですね。
「そうそう、せめてものお返しに秘密兵器を実家から取り寄せておきましたから。」
「えっ、秘密兵器ですか?」
「そうよ。今晩の夕食、楽しみにしていてくださいね。」
なんだろ、秘密兵器って。
できれば、そのまま、「秘密」にして頂きたい気もしますが・・・。
順調にYさんの治療も終え、次は、お母さんです。
お母さんの治療中、Yさん宅に来客がありました。
同じ地域でたばこ屋を営まれているOさんです。
っていうか、顔を見なくても声で分かってしまいます。
Oさんは、Yさんと同じたばこ屋さんということもあり、よく顔を出されます。
店番をご主人に任せられ、Yさん宅へ足を運ばれます。
私がYさんを治療中だろうと全く気にせず、Yさんとのおしゃべりに花を咲かせられます。
一度、なぜか話の矛先が私に向いたことがありました。
危うくOさんの姪っ子さんを紹介されそうになり、冷や汗をかきました。
そんな大変おせっ・・・いえ、フレンドリーな方なんです。
この他にもYさんの主要なご友人は、大体、私の頭の中にインプットされています。
今宵もOさんが、来られました。
ちょうどYさんの治療を終えるのを見計らったようなタイミング。
調理中のYさんの手を止め、店先まで誘(いざな)われます。
早速、おしゃべり談義に突入です。
これが、また、油断していると危険です。
まるで、ウインカーなしで左折する大型ダンプのように、
私もいつ巻き込まれるか分かりません。
治療に集中しつつも、嫌でも耳に会話が飛び込んできます。
最初は、どうやら、たばこ組合の役員会の話だったようです。
で、いつの間にか、民主党の小沢さんの話になり、
気がつけば、コンドロイチンに話題が移っています。
う~ん、相変わらず、その素早い展開には、ついていけません。
っていうか、ついていけたら、こわいですね(笑)
会話を右から左に聞き流していた私。
Oさんは珍しく、その日は早めに帰られました。
ホッと、ひと安心。
しかし、私の命運を握る砂時計は、この時すでに、ひっくり返されていたのです。
突然、私の聴覚が不穏な音をキャッチしました。
「パチッ、パチッ、ジュー」
何かが燃えはぜるような音。
どうやらキッチンから聞こえてきます。
「あらー、せんべいみたいになっちゃった。」
Yさんの独り言が聞こえてきます。
うん?
せんべい?
何だろ?
「まあ、しゃーない、しゃーない。」(訳:仕方がない)
聞き捨てならないセリフを発しながら、Yさんの調理は進んでいきます。
「あのー、Yさん。お母さんの治療が終わりました。」
「あら、お疲れ様です。じゃあ、先生、ご飯の用意ができてますから。」
「あー、恐れ入ります。いつもありがとうございます。」
「でもねえ、先生。ほんと残念なことがあるの。」
「どうされたんですか?」
「いやー、秘密兵器がね、焦げちゃったの。」
見ると、食卓にうるめいわしが皿に並んでいます。
しかも、4匹も。
その頭は、そろって真っ黒です。
「あのー、これが秘密兵器ですか?」
「そう、高知の実家から送ってきた天日干しのうるめいわし。」
「へえー、それは美味しそうですね。」
「うん、ほんとに美味しいのよ。でもねー、焦げちゃったのよ。」
まさしくOさんとコンドロイチンで盛り上がっているあたりでしょう。
いくら天日干しの上物でも、焦げれば、「炭」です。
「焼き直そうにも、もうあとひと袋しかないんです。」
「・・・はあ。」
「で、そのひと袋はね、先生のお父さんに召し上がって頂きたいから、お土産用なの。」
「・・・そうなんですか。」
「だから、ちょっと固いと思いますけど・・・先生、若いから大丈夫でしょ?」
「・・・はあ・・・多分。」
っていうか、頭、真っ黒なんですけど、うるめ。
他にも小鉢は、たくさんありました。
まるで、心臓に遠いところから水をかけてプールに入るかのように、
まずは、そちらから順に手をつけていきます。
しかし、露骨にうるめを避けると、Yさんの鋭い視線に耐えきれそうにありません。
「ここは行くしかないな。」
まるで、ロウで固めた鳥の羽根で、鳥人間コンテストのスタート台から飛び立つように、
エイヤッ!と箸を伸ばします。
・・・う~ん、つかみにくい。
箸の感触からして、明らかに固いではありませんか。
これは、人が口にするものの固さではありません。
しかし、Yさんから発せられる深海1000m並みの強烈な「G」が私を襲います。
耐えきれず、初めてドリアンを食べた時以上に勇気をふりしぼって口に入れます。
か・た・い・っ・!
噛み切れないじゃないですか。
炭と化した頭だけは、パリパリ、ボロボロと口の中で崩れていきます。
「どう、先生。ちょっと固いけど、美味しいでしょ?」
「・・・はあ、そうですね。」
っていうか、炭で苦いんですけど(笑)
「固いんなら、いきなり噛み切るんじゃなくて、ツバで湿らすのよ。」
誠に的確なアドバイス、ありがとうございます。
「あのー、うるめは私ひとりで頂いてもいいんですか?」
ささやかな抵抗です。
しかし、生きてきた年輪が違いました。
「こんな固いの、年寄りが食べられるわけないでしょ。」
あのー、私だって、噛み切れないくらい固いんですけど。
「・・・そうですね、すいません。」
しかし、謝ってしまう私がそこにいます。
何度か口の中でクチャクチャしていると、身がほぐれてきました。
奥歯でギシギシとほぐれた身を分解して、飲み込みます。
「ねっ、やっぱり天日干しは違うでしょ?」
おっしゃるとおり、これは違います。
それもすべて焼き加減の賜物です。
「そ、そうですね。確かに風味がありますね。」
「でしょー。このうるめはね・・・(後略)。」
春の連続ドラマ「細腕うるめ繁盛記」が始まります。
それにも増して、このうるめでは、ご飯が進みません。
これだけ固いと、おかずにならないんです。
お分かり頂けますでしょうか?
火を通す前のスルメが、ご飯のおかずにならないのと同じです。
しかも、20cm級の立派なうるめが、あと3匹。
まるで、薫風にたなびく鯉のぼりのように、威風堂々と皿の上に並んでおられます。
とりあえず、ご飯のおかずにすることは断念しました。
ひたすらうるめを噛み続けます。
そうそう、噛むことは、健康にいいんだよねえ。
自分に言い聞かせます。
しかし、潜在意識は受け容れてくれそうにありません。
心を無にして、ゆっくりと3匹の命を噛みしめます。
ついに食べ終えました。
虚空の世界に飛んでいた私の意識が戻ってきます。
束の間の達成感が私を満たします。
しかし、次の瞬間。
私は、身をもって、思い知らされるのです。
未だに、Yさんという人物の器量を見誤っていたことを。
・・・つづく。

