2009年06月22日 00:01
三度なくてもいいんですけど。
いつもどおり、Yさんとお母さんの治療を終えます。
その日は、午前中にご予約を頂きました。
昼からは、別のお宅へ出張治療。
すぐに、おいとましなければなりません。
「先生、やっぱり今日もすぐに出られます?」
「そうですね。申し訳ありません。」
「いえ、そう思って、用意しておきましたから。」
いつもながら、ありがたいお気遣いです。
「はい、どうぞ。車の中で召し上がってください。」
百貨店の紙袋を手渡して頂きます。
「いつもありがとうございます。では、遠慮なく。」
うん!?
結構、重いぞ。
あれ、何かビンが入ってる。
なんだろ・・・?
疑問に思いながらも、取り出して、いちいち確認するのも失礼です。
「では、お大事に。」
Yさん宅を後にして、車に乗り込みます。
すぐに出発したいところです。
でも、どうしても気になります。
まるで、自衛隊が不発弾を処理するかのように、袋から慎重に取り出します。
まずは、ビンです。
白いフタが見えます。
「ビンに容れるものって、なんだろ?」
直径10センチくらいの大口です。
ジャムか何かのビンでしょうか。
つかんだ右手を持ち上げた瞬間。
「うっ・・・こっ、これは!」
テトロドトキシンで呼吸筋を麻痺させられたかのように、息が詰まります。
「まさか・・・また、貴女なんだね。」
Yさんファンの方は、もうお分かりですね。
はい、こちらです。
「何とかトリュフ」です。
「つまり、『デザートに』ってことなのね。」
最近、彼女と顔を会わせることが増えてきました。
実は、これには、裏があります。
Yさんは、今年に入ってから、ダイエットをされています。
もちろん、凡人が考えつくものではありません。
その名も「ぴょんぴょんダイエット」。
ぴょんぴょんって、盛岡冷麺の愛称です。
ぴょんぴょん舎って、メーカーから販売されています。
で、Yさんは、毎日、お昼に「ぴょんぴょん」を食されています。
で、夜は、ご飯をお茶碗に半分。
まだ、寒い時期から、毎日、ずっと続けておられます。
正直、いつまで続くことやら。
最初は、そう思っていました。
しかし、未だに続いておられます。
しかも、月に3キロのペースで着実にスリムダウンされているのです。
う~ん、これは、これで、すごいなあ。
あまりオススメはできないものの、これで効果を出してしまう。
これが、YさんのYさんたる所以(ゆえん)です。
しかし、それによる反作用もあるわけです。
それまで、甘いものに目がなかったYさん。
後ろ髪を引かれる思いで、甘いものをみなさんに分配されているのです。
そのあおりをくらったのが、「彼女」です。
そう、「何とかトリュフ」。
先日は、インスタントコーヒーの空きビンでした。
今回は、ひと回り大きいジャムの空きビン。
「まあ、とにかく持って帰って、冷蔵庫に入れておこう。」
さて、他には、何が・・・。
なるほど、定番の柿の葉寿司です。
透明のパックに行儀よく並んでいます。
「あれ、すき間が空いてる・・・。」
そう、その柿の葉寿司のパック。
その大きさから6貫入りだと推測されます。
しかし、4貫しか入っていないんです。
明らかに、2貫分、すき間ができています。
う~ん、多分、Yさんか、お母さんの胃袋に収まっているんでしょう。
しかも、パックに製造年月日のシールが貼られていないのがポイントです。
いやいや、でも、後でありがたく頂きますよ。
次に、顔を見せてくれたのが、単品のおまんじゅう。
おばあちゃんの習性。
そのひとつに、こういうものがあります。
「アメやおまんじゅうは、袋から出した単品で所持する。」
これをTPOにあわせて、見事にチョイスされるわけです。
まるで、熟練のバーテンダーが、魅惑的なカクテルを生みだすかのように。
はい、あなたも後でありがたく頂きますよ。
私の胃に余裕があれば。
そして、次に顔を出したのが、バナナ。
一本です。
なるほど、これもデザートですね。
しかし、Yさんのバナナは、ひと味違います。
次のものを取り出そうと、バナナのヘタをつかんだ瞬間。
・・・ポキッ。
しばらく思考が停止しました。
あれ・・・折れてる。
私は、右手に握られたバナナのヘタから目を離せませんでした。
まるで、折れた剣の柄を握っている敗軍の将のように。
骨粗鬆症かと思うくらいフレッシュなバナナ。
先だけ、中身が露出しています。
「どうだ、剥けるものなら、剥いてみろ。」
そう私を挑発しているかのようです。
これは・・・ビミョーだな。
さて、最後に登場したのが、コレ。
コンビニのサンドイッチ。
う~む、何とも言えない取り合わせだ。
たまごサンドですね。
若干、押しつぶされたように黄身がはみ出ているのがポイントです。
まあ、それはいいじゃないですか。
「あれ、これ・・・ちょっと開いてる。」
そう、そうなんです。
「OPEN」と示してある開封口が、すでにめくられています。
まるで、一旦、食べようとして、躊躇したかのように。
う~ん、これもビミョーだ。
「まあ、とにかく、先に目的地へ車を走らせてからだ。」
ハンドルを握って、5分も走った頃。
お告げがまいりました。
ディスプレイを見ると、Yさんです。
話が長くなることを覚悟して、車を路肩に寄せます。
「あっ、先生。すいません、お伝えし忘れたことがあったの。」
「はい、何でしょう?」
「あのー、白いフタのビンがあったと思うんですが。」
「はい、何とかトリュフですね。」
「それ、返してほしいんです。」
「はっ?えっ、何とかトリュフですか?」
「いえ、ビンですよ、ビン。」
「はあ、容れ物のビンですね。」
「そう、あのビンを次回、来られる時に持って来てほしいんです。」
「そうですか、承知しました。」
「いやあ、あのビンは便利でね。以前、ジャムをまとめ買いしたんです。」
「はあ」
「で、その空きビンが、また、ちょうどいいんです。」
「ほお」
「ラッキョや佃煮なんかを容れておくのに。」
「なるほど」
「で、同じ大きさでしょ。だから、並べて、積み上げられるんですよ。」
「それは、それは。」
これも、忘れてはいけないおばあちゃんの習性のひとつです。
空きビンは、捨てません。
必ず洗って干した後、有効活用されます。
できるだけ、同じ大きさのビンが良しとされています。
どれだけ、空きビンを活用しているか?
これが、台所を主(つかさど)る者のステータスなのです。
まるで、トロフィーを飾るかのように、誇らしげにキッチンの棚を彩(いろど)られます。
「見て、これ。ちょうど、ええビンやろ。」
私も祖母から幾度となく耳にしたセリフです。
「それからね、先生。」
「はあ」
「あのサンドイッチね。」
「はい」
「あれ、ちょっと封が開いているんです。」
「そうですか。」
「でも、大丈夫です。」
「はあ」
「うちのお母さんが食べようとしたけど、やめたんです。」
「なるほど」
「だから、大丈夫ですから。」
何が、何を持って、大丈夫なのか?
論理的な整合性が全く理解できません。
「はい、ありがとうございます。後でゆっくり頂きますので。」
それから、柿の葉寿司や何とかトリュフについて、しばらく熱弁をふるっておられました。
「はあ」
「ほお」
「それは、それは。」
次の予約時間が気になります。
「あら、先生。急がないと、次のお客さんを待たせることになりますよ。」
自己完結的なお許しを頂いて、電話を切ります。
車を停めて、ゆっくり食べている時間は無さそうです。
とりあえず、頂いたサンドイッチをつまみながら、運転することに。
もともと開いてますので、実に取り出しやすい(笑)
少ししなびているものの、味はなかなかです。
「あー、美味しかった。」
信号待ちで、サンドイッチの包装ビニルを片づけようとした瞬間。
その文字が、私の目に飛び込んで来たのです。
「午前2時」
そう、午前2時だったんです。
お分かりですね。
そう、賞味期限です。
当日の午前2時。
今は、午後12時半。
約10時間以上、経過しています。
やられました。
最も基本的なことを忘れていました。
あまりにも解析不能な情報が洪水のように押し寄せてきたため。
安全作業に向けた「基本動作の徹底」がおそろかになっていました。
当然、開封前に実施すべきでした。
「賞味期限、ヨシ!」
指差し確認の徹底が、無事故の基本。
過去の教訓が全く活かされていません。
「まあ、ええわ。消費期限じゃないし。」
そう、十分、美味しかったですからね。
期限切れのお弁当が、無造作に捨てられる今日。
もしや、Yさんは、警鐘を鳴らされたのかもしれません。
この感謝を忘れた飽食の時代へ。
・・・って、思っておきますね(笑)
湿度とともに、グングン上昇するYさんの異質度。
果たして、私は、この夏を無事、乗りきれるのだろうか。
真っ青な空と真っ白な雲のコントラスト。
夏の日射しに、目を細め。
遠く思いを馳せながら。
初夏のYさん三部作。
これにて、閉幕です。
-完-

