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ティアーズドロップ。
涙の滴のように流れるような美しいフォルム。
白く輝くその一品は、まさしく『畑の真珠』といっても過言ではないでしょう。
「先生、バッテラ、まだありますけど、いかがですか?」
「いえ、もう十分頂きましたから。ほんと美味しかったです。」
「そうですか。それじゃあ、カレーを召し上がってくださいね。」
もうバッテラですっかりお腹が膨れてきました。
しかし、メインディッシュはこれからです。
「では、カレーを頂きます。」
「ちょっと待って!」
このYさんの「ちょっと待って」コール。
条件反射で、背筋がゾクッとします。
「そうそう、これを忘れちゃ、カレーは食べられへんわ。」
そういって、冷蔵庫から1リットルくらいのビンを取り出して来られました。
「私とお母さんだけあったら、ほとんど減らへんのよねえ。」
そう、そのビンには、ラッキョがしこたま漬かっていました。
「ちょうど良かった。先生にしっかり食べてもらお。」
「・・・」
「大丈夫。このラッキョは小振りやから、何個でも食べられます。」
何が大丈夫なのか、私には分かりません。
そう言って、Yさんは、大口のビンから、大さじで一気にドバドバとかき込まれます。
「このラッキョはね・・・」
「いただきまーすっ!」
危うく『ロード・オブ・ザ・ラッキョ』が始まりかねないところでした。
多分、これは、カレーだけ食べたら、ご機嫌を損ねられるんだろうなあ。
まるで、川口浩探検隊が洞窟に足を踏み入れるように、
ラッキョーゾーンに思い切ってスプーンを進めます。
「そうそう、2,3個一気にいってください。」
おお、確かに適度に酸味が効いて、しかも、甘みもあるなかなかの一品。
「美味しいラッキョですね。Yさんが漬けはったんですか?」
「そうそう、これはね・・・」
「あっ、お水もらえますか?」
阪神の盗塁王赤星も顔負け、ついに、Yさんのモーションを盗めるようになりました。
「今日は、甘口なんですね。」
「そうなのよ。これだけスパイス揃えてるのに、肝心の胡椒を切らしてしまったんです。」
「いえいえ、十分美味しいですよ。さすが本格派ですね。」
Yさんの注意をラッキョからカレーに移そうという私の浅はかな考え。
しかし、この機を逃さずラッキョを全てさばいてしまおうというYさんの右手は、
すでにビンの口から動き始めていたのです。
「はい、はい、ラッキョもどんどん食べてくださいね。」
そういって、Yさんは、「次はここよ。」と言わんばかりに、
ラッキョで私のスプーンを誘導していくのです。
まるで、牧童犬に追いやられる無力な子羊のように、
私は導かれるままに、スプーンを進めます。
いつの間にか、食卓の椅子の位置が移動しています。
右サイドは、Yさんにしっかり固められています。
「はい、つぎぃー・・・はい、つぎぃー。」
その呪文は、聴く者の思考能力を着実に奪っていくのです。
椀子そばのように次から次へと補給されていくラッキョを
ただただ機械的に食べていく私。
「・・・ごちそうさまでした。」
「あらっ、もういいの?カレーなら、まだたくさんありますよ。」
「いえ、もうほんとに十分頂きましたから。」
「何ならバッテラもまだ・・・」
「いえ、ほんとにお腹がいっぱいで。ありがとうございます。」
「そぅおー?まだ、ラッキョも残っているのに・・・。」
多少、尿意を感じたものの、トイレから戻ってきたら、
おかわりが用意されているかもしれません。
ここは、元NTT社員として、KY(危険予知)を怠るわけにはいきません。
「いやあ、もう満腹です。美味しかったです。ごちそうさまでした。」
「そうですか、そう言ってもらえたら嬉しいわあ。でも、胡椒が効いてないから
甘くなかったですか?」
「いえいえ、ちょうど良かったですよ。」
そう、甘さは、感じませんでしたよ。
カレーを食べたはずなのに、ラッキョの酸味しか舌には残っていませんから。
はあー、もうほんとお腹いっぱいです。
でもね、私がガツガツ食べているのをYさんとお母さんが、嬉しそうに見てくれるんですよ。
いつもは、お二人だけですからね。
あとで胃のツボに鍼を刺せば済む話ですしね。
ということで、今後も伝説は生まれ続けることでしょう。
まさかラッキョを新たに漬けてないだろうなあ。
そんな不安をチラッと頭によぎらせながら、帰路のハンドルを握る私でした。
以上、三日間にわたりました初夏のYさん三部作、終演です。
ということで、今宵はこのあたりで。
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