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2008年07月11日 00:01

夢も希望もない生活

はいかがですか?

というのが、昨年7月に始まったこのブログの最初のタイトルでした。

おかげさまで、もうすぐ1年です。


今日、Oさんと1時間くらいお話をしました。

いちおう、施術をしながらですが、ほとんどお話がメインでしたね。

Oさんは、今の会社を辞めて、新たな道を進まれようとされています。

ただ、社長に意思表明はしたものの、辞める時期もまだ未定です。

進むことは決めたものの、ご自分の中にまだ迷いがあるようです。


昨年から、0さんの表情をみていました。

以前に比べれば、だいぶ厳しさがとれてきたように思います。

「でも、ついイライラしてしまうんです。」

「誰にですか?」

「自分に、です。」

「そうですか、他人のせいにしないってなかなかできないと思いますよ。」

「それだけは、絶対したくないんです。」


この会話からもお分かりかと思います。

Oさんは、自分に厳しいんです。

で、何かあっても他人のせいにはしたくないという強いポリシーを持っておられます。

じゃあ、他人に優しいかというと、話はまた別です。

自分に厳しい人って、どうしても、他人にも厳しくなりがちです。


最近まで、仕事の引継ぎで忙しかったようです。

また、新たな道に対する不安もある。

自分に対する焦燥感も加わったんでしょうね。

寝てもすぐ目が覚めて、熟睡できないとのこと。


Oさん、曰く、

「高い目標を持って、それに向かって、もがいているってかんじなんです。」

「じゃあ、そもそも目標を持たなければいいんじゃないですか?」

「えっ!?」

「いえ、それがストレスのもとなんでしょ?」

「えっ・・・でも、目標ですよ。」

「だから、目標なんですよね、そのストレスの原因が。」

「でも、目標のない人生なんて・・・。」

「持たなきゃ価値がないと?」

「・・・そう思います。」

そうですよねえ、そう思いますよね。

私もサラリーマン時代は、Oさん以上に強く持ってました、目標を。


「高い目標だから、そう簡単にはたどりつきませんよね?」

「そうです。でも、それに向かっていかないと・・・。」

「その高い目標と現実とのギャップの分だけ、ストレスになっているんですよね?」

「・・・まあ、そうですね。でも、誰でもそうだと思います。」

「この場合、ストレスを解決する方法が2つあると思うんです。」

「・・・はあ。」


「1つは、西洋的な解決法。それは、その高い目標を達成できるような能力を
必死に努力して身につけるというもの。」

「・・・今の私ですね。」

「ええ、これはなかなかしんどい。しかも、例え、自分がその能力を身につけても、
それだけでは達成できるという保証もありません。」

「そうですね。いろんな要素がからんできますね。」


「そうです。では、もう1つの東洋的な解決法。それは、そもそも、目標を持たないということ。」

「・・・そんなこと、思いもよりませんでした。」

「でも、これだとストレスはたまらないと思いませんか?」

「そうですね。でも、そう簡単には・・・。」

「Oさんが、目標を持たなければ、生きている価値がないと思っているからですよね?」

「それは、根強くありますね。」

「じゃあ、Oさんさえ、そう思わなければいいだけの話しですね。」

「・・・」


自分で道を切り拓いてきたと思うと、なかなか心に入ってきません。

世の中のほとんどの現象は、全て自分以外の要素で構成されています。

それを「偶然」「目に見えない力」「神様」・・・何と呼んでも結構です。

私の意思なんて、1%以下でしょう。


そういう大きな川の流れがあると。

だから、自分で勝手に持った目標に向かって、ひたする努力することは、
その大きな流れに逆らって、泳いでいるようなもの。

その流れに沿って、泳いだほうがはるかにすんなり進みます。


「・・・そんな生き方もあるみたいですよ。」

「確かにそんな考えかたもありますね・・・あるんですね。」

「ええ、それもあり、だと思いますよ。」

「そうですね。それもあり、ですね。」


最後には、すっきりとされた顔をされてました。

大変喜んでくれて、嬉しい言葉をかけてくださいました。

多分、鍼や灸より、はるかに治療効果があったでしょうね。


2年前、正観さんの本を初めて手にしたとき。

私自身が一番ショックだった言葉がこれだったんです。

「私は、夢や希望もない生活を送っています。」

じゃあ、どんな生活をしているのかって思いますよね?

「感謝と幸せに満ちた生活を送っています。」

とのことでした。


夢も希望も「今」に足らないものを求めているわけです。

「そうなったら嬉しい」「そうなったら楽しい」だったらいいんです。

ただ、「そうならなかったらイヤだ」になると、そこに執着が生まれます。

つまり、ストレスですね。


おかげさまで、私はだいぶ楽になれました。

まだまだ、行ったり、来たりですが(笑)

でも、過去の自分と同じことで悩んでおられる方に、少しでも喜んでもらえたことに
限りない喜びを感じます。

この道を選ばせてもらったことに感謝。

今日も幸せな一日でした。


ということで、今宵はこのあたりで。

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コメント

こんばんわ。
 ひゃっくりは片手でも止まりました。
(うちでは前から「ひゃっくり」です。先祖代々
間違えているのでしょうか)
 今の私は現状の経済的に不安定な状況から抜け出すという目標があるのですが・・今回のお話はどのように捉えればよいのかわかりません。目標が達成されないと「死」を意味しますからそれなりに重圧はあります。この目標を捨てると、今の
ままの状況を続ける事になり、その結果生活していけなくなったとしてもそれを受け入れろという
事なのでしょうか??

うま 2008年07月11日 20:11

難しいですね~。
自分の数字を持ってる職種の場合。

去年は数字も感情もアップダウンの激しい1年でした。
今年は・・・今の所安定してます。
それは・・・成る様になるし、多分できるよ。という根拠のない自信と
あんまり目立つな!無理するな!という優しいオジサマの言葉で肩の力が抜けたような気がします。

【穏やかさ】の課題は・・・
最愛の叔父を亡くすという、私にとってはとてつもない大きなものとなりました。
訃報を聞いたその日は1日中泣きましたが・・・
叔父は痛みから解放されたんだ。。。と思いなおし会社に行きました。
いつまでも泣いてたら心配で、ちゃんとあちらの世界に行けませんから・・・

うまくできてますね。。。

あぁ・・・次の課題が怖いような楽しみなような。。。

彩音 2008年07月11日 22:29

うまさんへ

そうですね、しゃっくりを止めるときは、左右どちらかだけで止まりますね。
固くて、緊張しているほうを触れば止まります。

「ひゃっくり」でいいんじゃないですか。
それで意思疎通ができれば、あってるも間違ってるもないと思いますよ。
それに、何とも可愛い表現です(笑)

「目標を持たない」ということは、やらなければいけないことを
やらないということではありません。
やらなければ生活できないわけですから、それは淡々とする。
ただ、それに執着するから、目標になってしまうわけです。
淡々とやるべきことをやっていたら、「目標」にはならないですよね。
客観的に観れば、やっていることは同じかもしれません。
ただ、心はそちらのほうが楽じゃないでしょうか。

ただ、目標を持つことが間違っているのではありません。
どちらがあってるか、間違っているかということではありません。
どちらを選ぶのもうまさんの自由。
ただ、今の考え方がしんどいのなら、こういう考え方のほうが
楽じゃないですかというだけです。

さらに、愚痴や不満を言わずにやったほうが
良い流れになると思いますよ。
現在、愚痴や不満を言っていないのであれば、
それでいいんじゃないでしょうか。
感謝できればもっといいんでしょうけど。
焦らず少しずつでいいと思いますよ。

いつもご覧頂き、ありがとうございます。

manablog 2008年07月12日 00:23

彩音さんへ

そうですか、今年は「波」が安定しているんですね。
力を入れて頑張っているより、力を抜いたときのほうが、
実績も伴うことが多いんですよね。
彩音さんとしては、良い流れになってきているんではないでしょうか。

叔父さん、旅立たれたんですね。
今世での学びを終えられたんですね。
おっしゃるとおり、その旅立ちをいつまでも哀しんで執着していると、
まさしく「浮かばれない」状態になるみたいですね。
その哀しみが、また、彩音さんも含む、周囲の方への「気づき」の機会なんでしょうね。

課題はクリアしていくほど、よりレベルの高いものを用意してくれているみたいですよ。
確かに怖くもあり、楽しみでもありですね。
「そう来たかあ。」
って感じで楽しんでしまいましょう。

いつもありがとうございます。

manablog 2008年07月12日 00:30

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