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なんですよ、食欲と性欲は。
昨日の続きです。
さて、性欲から昇華した食欲。
自ずと性の抑圧されたエネルギーを発散する代替手段として活用されます。
つまり、抑圧されている人ほど、食べ過ぎに走るんです。
また、食べるだけでなく、口を使うということでも補完されるようです。
つまり、おしゃべりです。
女性がおしゃべり好きなのも、言わばこのエネルギーの転化だと言われています。
だから、奥さんのおしゃべりが長いのも健全なエネルギーの使われ方をしているということです。
男性のみなさんもそう考えれば、ちょっとは受け容れられるでしょ?
また、性は、おしゃべりだけでなく、何事につけて、人間の行動を強烈に突き動かします。
例えば、性欲の旺盛な若い時期は、何をしても無茶しがちです。
車やバイクをすっ飛ばしたり、身体が壊れるまで仕事やスポーツに打ち込んだり。
もちろん、無茶できる身体が備わっているという側面もあります。
しかし、そもそもそんなエネルギーが湧いてくるのも、性の為せる業(わざ)なんですね。
これらのことから、本質的に、性は「生」につながるのかもしれません。
食欲は、自己保存本能と言われます。
しかし、それも性のために食べているのかもしれません。
特に、女性は、その側面が顕著ですよね。
性は、新しい「生」を養うことですから。
こうやって、考えてみると、食欲や性欲というのは、個人の問題ではないように思います。
もちろん、与えられたそれを社会に適合させ、コントロールするのは、個人の問題です。
しかし、「種の保存」という生物の根源的な目的のために、宇宙的意志が働いているように思えます。
だから、無意識のうちに、自然の変化によって、身体が反応するように出来ている。
つまり、身体のそんな法則を知ると、身体自身に「ゆだねる」ということの大切さに
気付くのではないでしょうか?
すでに、答えは自身の中にあるということです。
「食欲の秋」
そんな言葉の裏には、こんな意味が隠されていると思えば、結構、感慨深いですよね。
だから、多少の食べ過ぎも「生のエネルギー」だと思えばいいんですよ。
それで太った責任は、負いかねますが(笑)
ということで、今宵はこのあたりで。
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