Skip to main content.
ショッピングサイト【アクトスモール(ACTOS Mall)】

2009年07月27日 00:01

思考が静止した日

「ふふ、なかなか手に入らない珍味なんですよ。」

このひと言は、危険です。

警戒レベルを「注意報→警報」に引き上げざるを得ません。

ほんとに「珍味」であることが、多々あるからです。

しかも、対処を誤れば「沈味」にさえ、なりかねません。


「先生、冷蔵庫を開けてもらえます?」

再び伏魔殿の扉に手をかける私。

「その3段目にあるピンクのふたのタッパーです。」

「あっ、はい。これですね。」

爆発物処理班のような慎重な手つきで、Yさんに手渡します。


「ジャジャ~ン♪」

まるで、生贄を前に儀式で昂ぶった気持ちを抑えきれないかのよう。

自ら効果音を口にされながら、タッパーのフタを開けられます。


「これは、何ですか?」

イカのような白い刺身。

「ふふ、分からないでしょ?」

まさに珍味であることを誇示するかのように、Yさんの瞳が妖しく輝きます。


「う~ん、イカじゃないんですよね?」

「そんなん珍しくもないでしょ。」

「ほんと分かりませんねえ。教えてください。」

ここは、そう受け答えしておくと、Yさんのご機嫌もよろしいのです。


「これね、クラゲなの。」

「えー、あの中華なんかで出てくるクラゲですか?」

「そう、どうやって調理しているのか分かりませんけど、これ、クラゲです。」


でも、中華クラゲのようにちぢれてません。

ほんとアオリイカの刺身みたいなんです。

見た目からしてプルプルと弾力があって、美味しそうです。


Yさん宅には、行商のように出入りされている魚屋さんがいらっしゃいます。

その魚屋さんから、入手されたようです。

滅多に流通しないんだとか。

それって、誰も買わないから、売りつけられたのでは・・・。

とは、口が裂けても言えません。


「私も初めて食べたんですけど、これがおいしいのよ。」

「へえー、どうやって食べるんですか?」

「普通にしょう油をかけただけでも美味しいんですけど。」

「はあ。」

「そこは、私のオリジナルなんですよ。」


ニッと微笑まれ、Yさんの口元があがります。

やはり黒魔術のレシピなのでしょうか。

これは、さらに警戒レベルを引き上げなければなりません。


「刻んだおネギでしょ、それから、もみじおろし。そうそう、唐辛子は多めに・・・。」

ブツブツと呪文を唱えられながら、儀式は滞りなく進んでいきます。

私には、「エロイムエッサイム」と聴こえてします。


それらを菜箸で豪快に混ぜ合わされたその時。

ピンポーン♪

インターホンの鳴る音が、食卓に響きます。

「はーい、どなたぁ?」

ドアホンでYさんが応答されます。

どうやら、お琴のお弟子さんが、お届け物を持って来られたようです。


そうそう、Yさんカルトのみなさんは、ご存じですね。

Yさんは、お琴の師匠でもあるのです。


「先生、ちょっと失礼しますね。」

「はい、どうぞ。お構いなく。」

「あとは醤油をかけたら、完成です。お先に召し上がっておいてください。」

「はい、では、遠慮なく頂きます。」


すでに興味の対象は、クラゲから来客へと移られました。

たとえお届け物だけであっても、そう簡単に来客を帰すYさんではありません。

ましてや、Yさんに全幅の信頼を置いているお弟子さんが相手。

玄関先からも「エロイムエッサイム」の呪文が聞こえてきそうです。


お母さんは、すでに居間に戻られて、テレビに見入っておられます。

もちろん、チャンネルはNHK。


食卓にひとり残された私。

すでに胃袋は、豚しゃぶに占拠されています。

ごまだれがのど元まで逆流してきそうです。


しかし、我ながら、何と口が卑しいんでしょう。

クラゲへの興味を容易に絶つことはできません。

「醤油、醤油っと。」

食卓の上にも調味料らしきビンが林立しています。


「これかなあ?」

とりあえず、黒い液体を目安にします。

しかし、ビンにラベルが貼られていないため、身元を特定できません。


しかも、黒い液体が3本くらいあるんです。

「ソースかなあ、醤油かなあ、何だろうなあ。」

これは、手にとって、舐めてみるしかないんでしょうか?

江戸時代、将軍にお毒味役が必要とされたのもよく理解できます。


と、その時です。

ビンの林の中から、そのラベルが目に入りました。

『かつおだし しょうゆ』


「こ、これだっ!」

暗闇の森で道を見失った赤ずきんちゃん。

神様は、おばあさんの家まで導いてくれたのです。


「ん?でも、黄色いぞ。」

そうなんです。

「醤油」という表示があるものの、黄色なんです。


変わったものを好まれるYさん。

何か特殊な製法の醤油なんだろう。


血液が胃に集中し、思考能力が低下した私。

小皿にクラゲをとり、深く考えずに、そのまま、注ぎかけます。


「・・・では、頂きます。」

不安と期待が入り混じった状態で、箸を伸ばします。


しかし、次の瞬間、私は知るのです。

おばあさんの家で待っていたのは、お腹をすかせた狼だったことを。


「うっ・・・こ、これは。」

言葉が続きません。

脳細胞が活動を静止します。

「・・・ほんとに珍味じゃないか。」


何と表現すればいいのでしょうか。

もはや左脳では、論理的に表現することはできません。

これまでの人生で味わったことのない感覚であることだけは確かです。


唯一、勢いを増したのが、のど元を逆流するごまだれ。

まるで、月の引力で海水がアマゾン川をさかのぼるポロロッカのように。


「待てよ。もしかして、これは・・・。」

そう確かに存在していたのです。

得も言われぬ味覚の中に、「酸っぱさ」が。


これは、医療に携わる者の宿命として、確かめねばなりません。

「かつおだし しょうゆ」のビンを傾け、手のひらに一滴垂らします。

勇気をふりしぼり、ペロッと舌で舐めたその瞬間。

私は全てを理解します。


「・・・甘酢だ。」

そう醤油だなんて、とんでもない。

かつおだしなんか、ひとつも効いていません。


試しに、醤油らしき黒い液体を再度、クラゲにかけてみます。

「うん、これは、うまいっ!」

まさしく正統な珍味です。

味が調和してこそ、クラゲのプリプリした歯ごたえが活きてきます。

ネギや唐辛子、もみじおろしといった薬味が、さらに味を引き立てます。


「しかし、なぜ、甘酢が入っているんだ。」

久しぶりに、おばあちゃん行動学の辞書をひいてみましょう。

空きビンを再利用することは、確認済みですね。


しかし、その場合、元々貼られているラベルは剥がされるのが普通です。

でないと、そのうち、ほんとの中身が分からなくなるからです。

うちの祖母は、ガムテープを貼って、マジックで「梅酒」とか書いてましたが。


けれども、Yさんにそんな論理的な行動を求めてはいけません。

あらためて、見回してみると、いずれのビンにも何の表示もありません。

冷蔵庫にも、食卓にも。

きっとYさんの中では、識別されているのでしょう。


しかし、第三者が、その結界にうかつに足を踏み入れてはいけません。

特に、液体は注意が必要です。

姿、形で判断ができないからです。


しかも、このような欺瞞(ぎまん)工作まで待ち受けているのです。

CIA顔負けの巧妙なエスピオナージ(諜報)。

見事にハマった自分を責める気持ちにはなりません。


「そんなん色見たら、分かるでしょ。」

せっかくだから、ネタにさせて頂こうと報告した私。

フン!と鼻息も荒く、一笑のもとに付されるYさん。

自虐的な悦びに身をゆだねながら、宴は進んでいくのです。


皆既日食、集中豪雨、エルニーニョ現象。

地球的な気候変動の裏にYさんの影あり?

私の不安を糧に、その神秘性は、日に日に増していくのです。


そう、次に黒魔術の洗礼を受けるのは、あなたかもしれない・・・。


-完-

トラックバックURL
http://blog.actosmember.com/trackback.php?id=1623
このトラックバックURLを使って、この記事にトラックバックを送ることができます。
※記事と直接関係のない内容のトラックバックはお断りする場合があります。ご了承ください。

コメント

いちごさんが書かれているように
Yさん伝説の時は文章力がUPしているような、、。
比喩に力が入っていて、素晴しい表現ばかり!

Yさん、まなブログさんの出版へ向けて一役買ってくれている?深読みですか?(笑)

なかよし家族 2009年07月27日 16:23

ええ、「伝説」の執筆は、智恵熱が出ます(笑)
1日分で2~3時間かかってますから。
3日で10時間近く・・・うう、恐ろしい。

しかし、書かずにはいられないんです。
私の自己表現の全ては、ここにかかっていると言っても過言ではないでしょう(笑)
きっとYさんとは、前世からの深い因果があるんでしょうね。

その他のネタは、何か「気づいたこと」があって、それをご紹介することが目的。
だから、「伝わる」ことが第一義。
そこに、おもしろさがミックスされてれば、なお良しです。

比べて、Yさんネタは、純粋なエンターテイメントです。
水戸黄門と一緒です。
大体同じストーリーのなかで、楽しんでもらうにはどうすればいいか?
つまり、「予定調和」なんですね。
だから、かけるエネルギーの質が異なるわけです。
かければかけるほど、質があがるからです。
しかし、これは一種のジレンマですね(笑)

出版ですか?
そうなったら、おもしろいですね。
しかし、その印税の一部は、黒魔術の教団に寄進しなければいけないかもしれません(笑)

Yさんは、深いですよ。
底が見えない・・・というより、底が抜けているのかもしれません。
私も時々、吸い込まれそうになりますから(笑)

いつかみなさんと、Yさんを囲んだオフ会ができたら、いいですね。

いつもありがとうございます。

manablog 2009年07月27日 23:38

コメントを書く