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やはりそれは、神の領域。
台所に突然、登場されたお母さん。
Yさんに手渡された一品とは。
コレです。
わが家にも同じものがあるんです。
何だと思います?
お宅に仏壇がある方は、お分かりですね。
お供え用のご飯入れです。
ご飯といっても形だけですから。
わが家では、このように少量です。
朝、炊き立てのご飯。
まずは仏さんにお供えします。
当然、信心深いYさんも同じです。
Yさん宅では、このお供え用のご飯入れが3つありました。
しかし、さすがYさん宅。
仏さんにあげるご飯も山盛りです。
ご先祖様もさぞかしお喜び(?)のことでしょう。
「○○ちゃん、お願いね。」(〇〇はYさんの下の名前)
「はい、りょーかい。」
Yさんは、お母さんから3つとも受け取られました。
とりあえず、食卓の端っこに置かれたんです。
後で、食器と一緒に洗われるんだろう。
そう思ってたんですね。
みなさんもそう思われるでしょ?
ところが・・・。
この後、信じられない光景が私を待ち受けていたのです。
はい、みなさん、ご用意はよろしいですか?
先に、トイレは済ませておいてくださいね。
では、ゆっくり深呼吸してから、続きをどうぞ。
「じゃあ、私も一緒に頂きますね。」
Yさんは、そう言って、お茶碗を手に取られます。
その時、私のほうが、炊飯器が置かれている脇卓に近かったんですね。
「Yさん、ご飯、よそらせてもらいましょうか?」
「ああ、いいの、いいの、先生。これがあるから。」
そう言われると、とても自然な動作で、食卓の隅っこに手を伸ばされるわけです。
そこに置かれているのは、もちろん、お供え用のご飯入れ。
左手でご飯入れを手元に手繰り寄せられます。
右手には、お箸。
「ほいっ、と。」
そんな呪文を唱えられた刹那。
お箸をご飯入れの受け皿に突っ込んで、ご自分のお茶碗にかき出されるではありませんか。
「えっ・・・。」
思わず時間どころか、呼吸まで止まってしまいました。
箸先に豚しゃぶをつまんだまま・・・。
「ほいっ、と。」
「もういっちょ。」
さらに、呪文は続きます。
Yさんは、とても軽快です。
時間の停止した私とは裏腹に。
至極、当たり前のような動作で。
まるで、ご飯の正しい食べ方はこうよと言わんばかりに・・・。
お供え用のご飯は、当然、朝一番で捧げられます。
で、その時、すでに12時間以上は、経過していたはず。
見た目にも、カピカピなんです。
Yさんが、ご飯入れを流し台に運ばれます。
そして、さもおいしそうに、カピカピのご飯を豚しゃぶと一緒に口に運ばれます。
私が失った声を取り戻したのは、すでにそんな時でした。
「・・・あのー、Yさん。」
「?」
「それ、お供え用のご飯ですよね?」
「ええ、そうですよ。」
「かたくないんですか?」
「大丈夫。私は、ちょっと固めのほうが好きなの。」
「・・・。」
何かおかしいことでも?
逆に、そう問い返されているようです。
もしや、これは、おかしくないのか・・・?
いや、これは、いけない。
危うく冥界の門をくぐらされるところだった。
しかし、この衝動を抑えることはできません。
「あのー、それで足りるんですか?」
「あら、先生。これでも、結構、あるのよ。」
もしや、最初から食べられることを想定しての「お供え」だと言うのか・・・。
「ダイエット中の私には、ちょうどいいの。」
ダメだ。
私の限界は、ここまでだ。
「限界だと思うから、そこが限界になるんだ。」
よく青臭い青春ドラマで耳にするセリフです。
しかし、絶対的な大きな壁を前にして、人はその無力さを思い知らされるのです。
冷蔵庫のスペースと同じく。
「お供え」さえも合理化の対象だと言うのだろうか?
ここまでしないと、テトリスの達人にはなれないのか?
いや、これは、日本の誇る「もったいない」文化では?
しかし、仏さんに捧げる行為は、また別のはず・・・。
恐ろしきかな、黒魔術の効力。
着実に私の思考を錯乱させてくれます。
いや、待てよ。
「お供え用」のご飯を当たり前のように食されるYさん。
そのご飯は、神仏に捧げられたもの。
つまり、Yさんも神仏・・・。
はっ、もしや、これは。
人であって、人にあらず・・・。
そう、「現人神(あらひとがみ)」ではなかろうか。
現人神。
この世に人の姿で降臨された神。
戦前は、政治的意図もあり、天皇が神格化され、こう呼ばれていた。
あえて、こんなお姿を借りて、「市井(しせい)の人」として、ここに降臨されていたのか。
しかも、口元にご飯粒までつけられて・・・。
おお、なんと。
なんと慈悲深いことなのか・・・。
「先生、何してんの。お箸、止まってますよ。」
「あっ、そうですね・・・頂きます。」
「まだまだ、豚しゃぶあるんですから。」
・・・やはり慈悲深い。
しかし、神仏の慈悲深さとは、私の考え及ぶような浅いものではなかったのです。
「あっ、そうそう、先生。」
「はい?」
「忘れるとこだったわ。」
「はあ。」
この流れは、危険ですね。
できたら、そのまま、忘れて頂けないでしょうか。
「ほら、そこそこ。」
「えっ?」
Yさんの指差す先に視線を向けた瞬間。
「こっ、これは!?」
久しぶりに登場した私の決めゼリフ。
果たして、突如として、視界に飛び込んできたその一品とは?
明日、ピューリッツァー賞級の衝撃の写真が、あなたを混沌の世界へ誘(いざな)います。
-つづく-
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