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もらわなくても、いいかもしれませんよ。
おかげさまで、Yさんの「カゴシリーズ」も無事、幕を閉じました。
ご近所のスーパーRから借りてきた買い物カゴ。
それをおとなりの奥さんに返しに行ってもらうYさん。
いやあ、なかなかできませんよね?
そもそも、できなくていいんじゃないって、思われるかもしれませんね。
しかし、ここに、ひとつ、ポイントがあります。
それが、これ。
人に頼みごとができること。
みなさん、できますか?
できる人は、当然できます。
でも、意外にできない人が多いんです。
というのも、私がそうだからです(笑)
私も、元々、人に頼みごとができない人でした。
読者の方でも、そういう方、いらっしゃいませんか?
人に何かを頼むより、自分でやったほうが気楽。
また、自分がやったほうが、確実。
しかも、速い。
・・・なんてかんじですね。
逆に、人から頼まれた時。
断れないんですよね(笑)
自分は頼めないのに、人からの頼まれごとは断れない。
人から頼まれた時に感じる負担。
あまり気乗りしないんだけど・・・。
「いい人」でいたいから、断れない。
だから、自分が誰かに頼みごとをしたい時があっても。
相手にもそんな負担をかけるかもしれないと思うから頼めないんです。
Yさんはね。
誰にでも、平気で、頼めます。
しかも、しっかり断ります。
気乗りしないことは、正直に。
しかも、それで嫌みがないんですよねえ。
多分、天皇陛下がYさん宅を訪れても。
「ちょっと陛下、お醤油、取ってもらえます?」
なんて、平気で頼まれそうですから(笑)
自分で何でもやってしまう人。
心の中では、自分が一番だと思っているところがないでしょうか?
私はありますねえ(笑)
あの人に相談しても、どんな答えが返ってくるのが予想できる。
そんな意見を聴いても、時間の無駄だ。
頼んでやってもらっても、あの人の能力なら、こんなかんじだろう。
だったら、自分がやったほうがいいに決まっている。
私は、ずっとこんな考えを持っていました。
いや、お恥ずかしい限りです(笑)
つまりね、「対等」じゃないんです。
相手を自分より下に見ているんです。
そういう「気」は、しっかり相手に伝わってしまいます。
だから、心底、相手も心を許してくれないんです。
当然ですよね?
自分が相手に心を許していないんだから。
自分で何でもやってしまう人。
また、できる人。
みなさん、意外に孤独です。
で、寂しがり屋です。
だから、関心を買うために、目立った行動を取ろうと躍起になってしまいがち。
で、人目が気になるから、ストレスをよくためられます。
うちのお客さんにも、定年後の方が、結構、いらっしゃいます。
上記のような方は、すぐに分かります。
いかに、自分がすごい経歴を持っているかを自慢げに話されるからです。
現役時代、こんな肩書きを持っていました。
商社マンとして、世界中を飛び回っていました。
一日で何億円も動かす仕事をしていました。
「ほおー、それはすごいですねえ。」
私は、そう言って感心します。
それも、その人の寂しさを和らげる「治療」だからです。
現在のご自分に満たされてないから。
自信がないから。
そうやって、過去の「輝かれていた自分」で穴埋めされるんです。
大体、こういう方は、私に意見を求められません。
また、無理に、養生法をアドバイスしても、ほとんど実践されることはありません。
ご自分なりの健康哲学を持っていらっしゃるんです。
私に期待されることは、症状さえマシにしてくれたら、それでいいってことです。
当然、予後の経過もあまり良くないんですね。
で、こういう方は、世間一般では、「勝ち組」で「強い人」って言われがちなんです。
でも、この強さは危ういですねえ。
一気にポキッと折れてしまいそうな脆さがあります。
こういう方の奥さんは、よくご存じだと思われますよ(笑)
そのことについて、興味深いことを教えてもらいました。
お客さんのBさんです。
Bさんは、「ビジョン心理学」というものを学ばれているそうです。
そこで、得られた大きな気づき。
「全てのパートナーと対等であれ。」
ということ。
この場合の「パートナー」とは、伴侶や恋人のことだけではありません。
仕事、友人、両親や兄弟など、全ての人間関係を指します。
Bさんには、苦手な会社の先輩がいらっしゃいます。
仕事の要領にしても、社内の人間関係にしても、
「何も分かっていないなあ、この人。」
って内心思っていらっしゃったようです。
で、いつもその先輩には、批判的であったそうです。
ご自分のほうが、物事をわきまえている。
つまり、先輩より「上」だと。
比率でいうと、こんなかんじ。
「Bさん:先輩=9:1」
圧倒的にBさんの勝ち。
当然、先輩とは、職場であまり上手くいっておられなかったそうです。
「相手の人間性を認めていなかったんだから、上手くいくはずないんです。」
とは、Bさんご自身の気づき。
逆に、恋愛関係で、意中の人がいた時。
とても素晴らしい非のうちどころのない女性がライバルとして登場しました。
容姿、才能、性格、どれをとっても敵わない。
これでは、気持ちを伝える前から、身をひくしかありません。
比率でいうと、こんなかんじ。
「Bさん:恋敵=1:9」
圧倒的にBさんの負け。
以下、Bさんから頂いたメールを一部、抜粋させてもらいます。
それは、自分が自分自身を認めていないと対等さが出てこない。
競争心があり、他者との比較により自分の価値が上がったり下がったり…。
人は実際は一つとして同じ人はいないから素晴らしいと解っていたのに、
無意識にやっていたことは比較だったんですね。
そう考えると、私自身がこのままで、ありのままで素晴らしいと自分で認めないと、
他人も又認められない。
本当に全ては内にありますね。
いやあ、ほんとそうですね。
無意識のうちにやってますね、他人との「比較」、「格付け」。
その発端として、自分のことを受け容れていないことがあげられそうですね。
これは、過去記事でも申し上げましたね。
潜在意識では、自他の区別がついていません。
だから、自分を受け容れられることと、他人を受け容れられることは同じなんですね。
「パートナーとの対等な関係」とは、そこから始まるのかもしれません。
ただ、「対等である」ということと、「好き嫌いがない」ということ。
これは、別だと思いますよ。
この人、苦手だなあって、思ってしまいますよね。
それは、ご自分の感性がそう思ってしまうんだから、それでいいじゃないですか。
「誰でも好きになられなければいけない」
「人を嫌いになる自分がイヤ」
っていう、強迫観念に悩まされている方、意外に多いですから。
その点、Yさんは対等ですね。
相手の肩書きなんか、全然、気にされてません。
気に入った人には、とりあえず、手料理をふるまわれます。
美味しく食べてくれる人は、間違いなく、「パートナー」です。
で、Yさんのシンプルな思考と純粋さが苦手な人とは、距離をとられます。
大体、複雑に物事を考えるのが好きで、理屈っぽい人。
あっ、以前の私だ(笑)
だから、神様は、私をYさんに引き合わせて頂いたのかもしれません。
それも、20代の頃だと、全然、分からなかったと思います。
30代も半ばになって、少し自分のことが観られるようになった時。
まさに、私の成長度合いを見計らって、絶妙のタイミングで。
みなさんは、頼みごと、できますか?
私も、まだまだ、リハビリ中です(笑)
で、これは、セットなんでしょうね。
「気乗りしない頼まれごとを断れる」ことと。
今は、できなくても、ご心配要りません。
神様は、優しいですからね。
そのうち、人に頼まないと、どうしようもない状況を用意してくれますよ。
半身不随や足腰が不自由な方とご縁を頂いて。
私は、日々の仕事で、そう実感しています。
これは、この方たちへの神様からのプレゼントなんだと。
そのプレゼントをもらう前に、それに気づくこと。
それが、最も効果的な病気の予防につながるのではないでしょうか。
Bさん、ありがとうございます。
そして、今宵も長文を最後までご覧頂きましたみなさん、ありがとうございます。
では、今宵はこのあたりで。
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