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キーワードは、「反射」です。
さて、魔女の宅急便から買わされた一品とは?
「先生、冷蔵庫のね。下から2段目の右側を探してください。」
「はい、このあたりかなあ・・・。」
「で、そこにね。タコがありませんか?」
「タコですか・・・あっ、ありました。」
それは、タコと言っても、足だけ。
足が一本だけなんです。
しかも、でかい。
ゆでられた大ぶりのタコの足。
「うわー、これは立派なタコですねえ。」
「でしょ?八百屋さんがね。自分のところでゆであげた国産のタコだって。」
「へえー、やっぱり国産は違うんですか?」
「そりゃ、歯ごたえが違うわよ。」
ちなみに、まだ、値札シールが貼られてました。
えっ・・・足一本で950円もするの!?
そんなにタコって高いんですか?
いくら国産と言えど。
よほどモノがいいんでしょうか?
「そのタコね。」
「はい」
「うちの母は固くて食べられないんです。」
「はあ」
「だから、先生。しっかり召し上がってくださいね。」
「えっ・・・じゃあ、ちょっとだけ。」
「お刺身にすると、さっぱりしてお口直しにいいですよ。」
「はあ・・・お口直しですか。」
私はね。
イカだけでなく、タコも好きです。
居酒屋では、「タコぶつ」もよく頼みます。
でもね。
もうお腹いっぱいなんです。
まあ、軽く足の先だけ、ちょこっと頂きましょう。
しかし、忘れていました。
その「ちょこっと」かどうかの決定権は、私にはないのだということを。
「はい、先生。お刺身しょう油で召し上がってくださいね。」
そこには、信じたくない光景が。
「えっ・・・あのー、Yさん。」
「はい?」
「これ、足一本、全部じゃないんですか?」
「そうですよ。」
これぞ「タコぶつ」と言わんばかりの豪快な切り口。
それが小鉢に「過積載」で盛られています。
「だって、新鮮なうちに頂かないと。」
「はあ、新鮮なうちにね。」
やられました。
昨晩の電話がすっかり水泡に帰しました。
そもそも軽くうどんを頂くだけ。
・・・のはずが、おいなりさん6個にタコぶつ山盛り。
これらを最初から食卓に全て並べていた場合。
それはもう立派な夕食です。
そこで、うどんを「補食」の位置づけで「見せ球」に。
安心したところで、おいなりさんが登場。
最後に、怖いお兄さんのかわりに「デビルフィッシュ」が締めに来るわけです。
う~む。
まるで「美人局(つつもたせ)」を思わせる高等戦術。
気が付けば、しっかり一食分のボリュームになっているじゃないか。
これは、心理学でいう「ローボール・テクニック」ではないだろうか。
最初に、相手から同意を得やすい低めの条件を提示。
相手がそれに同意したところで、もう一段高い条件を提示。
そして、最後に、本来、相手に通したい高めの条件を提示するのだ。
さすがだ。
マインドコントロールは、「教祖さま」になるには必修科目だ。
しかもね。
「タコぶつ」だけなんです。
そりゃ、もうご飯は入りませんよ。
でも、何か味のアクセントになるようなものがあれば、いくらか救われます。
しかし、私の目の前には、「タコぶつ」以外、箸を伸ばせる場所がないのです。
NBA顔負けのゾーンディフェンス。
そう、逃げ場はありません。
私は、これから、しっかりタコと向き合って行かなければなりません。
「さあ、どうぞ。」
「・・・では頂きます。」
うん、さすがにおいしいなあ。
身がプルプルで、弾力があって。
足一本で950円もするだけのことはあります。
「いやあ、これはおいしいですねえ。」
「でしょー。」
「さすが国産は違いますよねえ。」
「私も昔は、わざわざ明石までタコを食べに・・・(後略)」
早春ドキュメンタリー「明石海峡-タコが育む子午線の街」の放映が始まりました。
いつもどおり、首だけ上下に振りながら、タコと向き合う私。
しかし、おいしいタコも3切れまで。
4切れめから、呑み込むのがつらくなってきました。
みなさん、想像してください。
お腹がいっぱいの状態。
そこで、分厚めに切られたタコぶつ。
それだけをあなたは食べ続けることが出来ますか?
まだ、タコが薄く切られていれば、状況も異なったでしょう。
しかし、ほんとに豪快なブツ切りなんです。
口の中で噛んでるうちに、食道を酸っぱいモノがこみ上げて来るのです。
この状況を打開するには、味にアクセントをつけて無理に食欲を刺激するしかありません。
「あのー、Yさん。」
「はい?」
「レモンって、冷蔵庫にありますか?」
「もちろん、たくさんありますよ。」
Yさんのお料理には、柚子や橙だけでなく、レモンも欠かせない存在なのです。
「タコに搾ってかけたいんですけど。」
「あら、いいかもね。じゃあ、ちょっと切りましょうか。」
これはね。
正解でした。
レモンの酸味が新たな刺激となって、食欲をそそります。
「すいません、お塩もかけさせてもらえますか?」
そう、天然塩をかけると、お刺身がグッと引き締ります。
「あら、イタリアンね。」
しかし、あくまで小手先のテクニック。
2切れも食べると、また、苦しくなってきました。
「じゃあ、レモンと塩をかけて、さらにおしょう油に。」
おお、これもなかなかイケるじゃないか。
「あら、先生。いろいろ試されているのね。」
「ええ、まあ。」
「じゃあ、これもいいんじゃない?」
と言って、アンコールワットの石組みを崩しにかかられます。
「はい、コレ。北海道産のたまりしょう油よ。」
なるほど。
少し甘みがあって、濃厚で。
これもイケますね。
「そうそう、先生。冷蔵庫に大葉があるはずですよ。」
Yさんから、さらに援護射撃がくり出されます。
早速、冷蔵庫の野菜室を探索します。
「え~と・・・大葉はどこかな。」
見ると、裏返しに伏せられたそれらしきパックを発見。
「あっ、これかな?」
ひっくり返してその瞬間。
「こっ、これは!」
大葉。
つまり、青紫蘇のこと。
当然ながら、青くなければいけません。
しかし、そこには黒とはいかないまでも茶色く変色した大葉が横たわっていたのです。
「あのー、Yさん。」
「はい?」
「この大葉ですけど・・・。」
「あら、まあ・・・凍傷にかかったのね。」
出た、「凍傷」。
Yさんクリニックお得意の診断。
「じゃあ、先生。カイワレでもいいんじゃないですか?」
なるほど、これもいいですね。
カイワレのシャキシャキ感とほのかな苦味がアクセントになります。
そうして、鉛のように重い箸を進めていきます。
あと・・・あと2切れだ。
そこには、最後まで避けてきた特に大きな2切れが残っていたのです。
しまった。
これは作戦ミスだ。
まだ余力があるうちに、大物とは対処すべきだった。
この状況では、かなり手ごわい「ラスボス」と言わざるを得まい。
しかし、Yさんの鋭い視線。
まるで、タコの吸盤のように、私の箸先にピッタリと吸い付いて離れません。
あと少しなんだ。
そう自らを叱咤激励して、口に運びます。
やはり噛み切れない。
胃が侵入を拒否しているかのようだ。
ええい、とにかく呑み込んでしまえば・・・。
「ウッ!」
それは、突然、やってきました。
無理に呑み込もうとした瞬間。
まるで、のどに指を突っ込んだように、反射的に吐き気が襲ってきたのです。
ティッシュ、ティッシュ。
ティッシュはどこだ。
ああ、あった。
食卓の隅っこに発見。
ああ、しかし、これはどういうことだ。
ティッシュの箱の上に食パンがのっかっているではないか。
一刻を争う緊急事態だというのに。
「あら、先生。どうされたんですか?」
何とか食パンをどかして、ティッシュにタコを吐き出した私。
「いえ・・・ちょっとのどに詰まらせてしまいまして。」
さすがに、「吐き気がして」とは言えませんね。
「あら、そう。じゃあ、ゆっくりよく噛んで召し上がってくださいね。」
やっぱりそうなりますよね。
さらに、追い討ちをかけるように慈愛に満ちたひと言が。
「あと1切れ残ってますから。」
重い。
重過ぎる。
この最後のタコぶつの何と重いことか。
輪をかけて、足の付け根の一番大きいところじゃないか。
ここは、短期決戦しかあるまい。
口の中での滞留時間を長くすると、間違いなく、惨事を迎えることになるだろう。
とにかく濃い味付けをして、一気に呑み込むべきではないか。
やるんだ。
やるしかない。
深夜の食卓には、張詰めた空気がみなぎっています。
戦闘機のパイロット以上に、Yさんから高い「G」がかかってきます。
そのプレッシャーが臨界点に達した頃。
えいっ!
気合いを発して、タコを口に放り込みます。
しかし、私は知るのです。
「反射」とは生理的現象であり、意思の力でどうこうできないということを。
そう、これこそ、カラダの声を強制的に聴ける方法。
ティッシュ、ティッシュ!
再び「のどに詰まらせて」しまった私。
タコをティッシュにくるんでゴミ箱へ。
タコさん、ごめんなさい。
成仏してくださいね。
終わった。
何というシビアな戦場だったのだろう。
まるで厳冬の八甲田山で行軍訓練をしたかのようだ。
肉体だけでなく、精神的にもかなり効きました。
しばらく動き出す気力が沸いて来ません。
まるで、疲れきった時に背後から「膝カックン」をお見舞いされたかのように。
しかし、そこは魔界の一番地。
やすらぎのひと時など、存在しないのです。
「そうだわ、先生。」
「はい?」
「まだ、渡し忘れたチョコがあったんです。」
「えっ!?」
はてさて、そのチョコの正体とは?
-つづく-
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