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振り返って、わが目に映った光景とは?
「だから、いっぺん、連れて来んしゃい。」
相変わらず、たっちゃんとの会話は盛り上がっています。
しかし、さすがに寒くなってきたのでしょうね。
施術を受ける時は、薄手ですから。
「・・・じゃあ、たっちゃん。そういうことで。」
どういうことかは、さっぱり分かりません。
「先生~、お待たせしました。」
結局、15分くらいで電話は終わりました。
残りの施術も順調に。
いつものディナー・タイムへ。
「今日はね。おうどんをゆでますからね。」
「ありがとうございます。」
「ゆであがるまで、これでも召し上がっておいてください。」
そう、いつものねぎとろ巻き。
「魔女の宅急便」から仕入れたものだ。
「いやあ、いつもながら、おいしいですね。」
「でしょ。悪くないのよね、このねぎとろ巻き。」
しかしね。
多いんです。
相変わらず、12個入り。
「つなぎ」というよりね。
十分、「一食」として完結する量。
ふぅ~。
何とか頂きました。
一応、まだ、うどんなら入ります。
でも、別に、もういいかなあって腹具合。
しかし、黒ミサの饗宴は、ここから始まるのです。
具沢山の大盛りうどんを皮切りに。
さやえんどうの卵とじ、えのき茸のたまご焼き、サラダなど。
そして、いつもどおり、新たに仕込まれたビンやタッパーに眠る創作料理の数々。
「先生、これもちょっと食べてみて・・・どう?いけるでしょ?」
「いや、これもおいしいですね。」
しばらくこの会話を繰り返すことになります。
まあ、とりあえず、ひと箸つければ、OKです。
お料理ごとに、適度に内容を変えた感想を述べればね。
ちゃんと「検定済」マークを頂けます。
「そうそう、今日はとっておきの一品があるのよ。」
「ほお、それはまた何ですか?」
ここは、関心を示しておくべきところです。
いくらか身の危険を感じますが。
「ジャジャ~ン。『稚鮎の釘煮』なんです。」
効果音付きで登場したのは、ジャムの空き瓶に容れられた一品。
見た目は、定番の「いかなごの釘煮」にそっくり。
さすがに、いかなごより少し大きいでしょうか。
「実はね。彦根から送ってもらったんです。」
「へえ~、彦根から。」
「ほんとご飯が止まらなくなるのよ。」
「それは、それは。」
「じゃあ、先生。覚悟して召し上がってください。」
「・・・。」
いやでも、おっしゃるとおり。
ほんとにご飯によく合います。
最初から、これだけならね。
すぐにでも、おかわりをさせてもらったことでしょう。
でも、さすがにペースが落ちて来ます。
しかし、それを見逃すYさんではありません。
「あら、先生。食が進んでませんね。」
「いやあ、もうしっかり頂きましたので。」
「今日も先生が来られるから、ちゃんと三合炊いておいたんですよ。」
「・・・。」
それは、「ちゃんと」なんでしょうか?
毎度のことながら。
なんで三合も炊くんですか?
だったら、ねぎとろ巻きは要らないじゃないですか。
あれ、ご飯ですからね。
お米ですよ、お米。
躊躇する私。
シビレを切らすYさん。
「はい、じゃあ、先生。これをご飯の上に乗せましょうね。」
と、私のお茶碗の中に、釘煮をビンからかき出されます。
「えっ、ああ・・・自分でやりますから。」
箸を止めないように少しずつ口に運んでいきます。
「なんだったら、お茶漬けにされますか?」
Yさんの気迫がヒシヒシと伝わって来ます。
意地でも三合、食べらせる気だ。
「ああ、いえ。このままで頂きますから。」
ふぅ~。
何とかお茶碗が空になった。
これでひと息、ついたかんじだ。
「そうだわ、先生。」
「はい?」
「サラダにかける梅しそドレッシング、冷蔵庫から出してもらえます。」
「ああ、はい。」
相変わらず、混沌としたドレッシングコーナー。
練りワサビのチューブが、ドレッシングの合間に突き刺さっています。
だって、練りワサビだけで3本もあるし。
そりゃ、チューブを立てるコーナーには入りきりません。
え~と、梅しそ、梅しそ。
こう、ドレッシングが多いと探すの大変だなあ。
おっ、あった、あった。
「はい、Yさん、梅し・・・ハッ!」
振り返った私が目にしたもの。
それは、お茶碗にてんこ盛りされた「おかわり」だった。
「えっ・・・これ、私の?」
「そう、まだまだありますからね、釘煮。」
お茶碗の水平線を遥かに突出した白い稜線。
鑑識を呼ばなくても、分かります。
この平らな斜面。
しゃもじで押さえ付けた痕跡ではないか。
間違いなく2杯分はあるだろう。
「はい、先生。ドレッシング、ありがとうございます。」
そう言いながら、ドレッシングは脇に追い遣られます。
えっ、かけないんですか?
サラダに。
それじゃあ、まるで・・・。
やられた。
まんまと黒魔術の術中にハマってしまったではないか。
茫然とその場にたたずむ私。
しかし、突き刺さるような視線に促され。
椅子に腰を下ろす私。
「・・・では、頂きます。」
完敗だ。
器の大きさが違い過ぎる。
胃腸よ、許したまえ。
このふがいない私を。
長かった。
何と箸が重かったことだろう。
しかし、私は征服した。
ついに、前人未踏のこの頂を。
「・・・ごちそうさまでした。」
もういいだろう。
楽にさせてもらっても。
「あら、先生。釘煮ももう少しなんだから。」
「えっ?」
「食べてしまってくださいね。」
「・・・。」
って、釘煮は、まだビンに1/3は残っています。
「大丈夫ですよ、先生。」
「はあ」
「お茶漬けでサラサラッとかきこめば。」
「そうですか。」
「若いんだから。」
あのー、若いってね。
6月で38歳になるんですけど。
そりゃ、Yさんから見たらね。
若いかもしれません。
でも、「不惑」を前にして、もうそろそろ解放してもらっても・・・。
しかし、私が歳をひとつ重ねても。
同じようにYさんもひとつ、お歳を召されますね。
つまり、これからも一生続くのでしょうか?
この「若いんだから」という殺し文句は・・・。
ふぅ~。
食べた。
食べ切った。
よくやった。
ほんとに自分を褒めてあげたい。
でも、もう無理。
もう入りませんからね。
私は、今日、どれだけ、ご飯を頂いたことでしょう。
、
ため息をつきながら、背もたれに体重を預ける私。
視線は、うつろに天井を見上げます。
やっと安息の時間を手に入れたのか。
ちょっとしばらく動けないなあ。
しかし、ピューマは狙っていたのです。
獲物が油断するその瞬間を。
「じゃあ、そろそろお魚を出しましょうかね。」
えっ?
今、何かおっしゃいました?
魚?
魚?
魚ですか?
今から?
ほんとに今から?
この状況、ご覧になってますか?
そう、黒ミサの饗宴に欠かせないのが魚料理。
しかも、それは、狙ったように最後。
人間界のコースなら、デザートの頃合い。
この精神的ダメージがもっとも大きくなる時間帯。
まさに、緻密な計算に基づく慈悲深いおもてなし。
「これは、ほんとに絶品なのよ。」
いや、ここまで来れば、味は関係ありません。
物理的な容量の問題ですから。
そんな私の心の叫びなど、Yさんに届くはずもなく。
大きめのタッパーから、小鉢に盛り付けていらっしゃいます。
「さあ、先生。召し上がってください。」
「こ、これは!?」
果たして、私の命運を握るその一品とは?
-つづく-
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